2021年の CCC 報告書『いまだ(十分な)支払いがない – パンデミックの期間、衣料品産業はいかに労働者たちへ賃金を支払わなかったか』[原題 STILL UN(DER) PAID -- How the garment industry failed to pay its workers during the pandemic] の要約 報告書の全文(英語)はこのリンク先にある。

2021年の CCC 報告書『いまだ(十分な)支払いがない – パンデミックの期間、衣料品産業はいかに労働者たちへ賃金を支払わなかったか』[原題 STILL UN(DER) PAID -- How the garment industry failed to pay its workers during the pandemic] の要約

 

報告書の全文(英語)はこのリンク先にある。

https://cleanclothes.org/file-repository/ccc-still-underpaid-report-2021-web-def.pdf/view

 

本報告書は、7カ国に焦点を当てた調査から導き出された、新型コロナ(Covid-19)パンデミックが衣料品労働者に及ぼした経済的損害についての、クリーン・クローズ・キャンペーン(Clean Clothes Campaign)による最新の見通しを提示するものである。 7つの生産国の推定賃金落差(減少率)にもとづき、2020 年3月から2021 年3月までの衣料品労働者の損失は118.5億 ドルであった、とクリーン・クローズ・キャンペーンは推計している。 パンデミック以前からすでに懸念されていたいくつかの問題点が、パンデミックにより悪化した。

2020年8月 のCCCの報告書『パンデミック下で(十分な)支払いがない』 [原題 Un(der)paid in the Pandemic][1]では、 2020 年の3月から5月までに衣料品労働者は世界全体で32〜58億ドルを失ったと推計されていた。 2020 年の残りの期間をとおしてパンデミックは世界的に拡がり続け、多くの衣料品生産国において厳しさが新たなレベルに達し、また、企業の決定や政府の施策を受けて労働者が負の影響を被ることが起こった。 ブランドがパンデミックへの対応として、発注を大量にキャンセルしたり、一方的に値下げを強いたりしたために、製造業者は立ち行かなくなるところまでの締め付けに遭い続け、転じてそれが、労働者に悲惨な影響をもたらした。 サプライヤーが窮状下で発注を切望していることに乗じて、ブランドは2020年秋までに、工場への支払い価格を前年比12%下げさせ、かつ、支払い期限を発送後77日とほぼ2倍に延ばしたことが、調査から明らかになった。[2] サプライヤーは一部の注文については、生産コストを下回る買取価格を受け入れることを強いられた。

本報告書は2020年8月の報告書『パンデミック下で(十分な)支払いがない』に続くもので、年間通してパンデミック下にあった初の年である2020年3月から2021年3月までの間に、アジアの主要衣料品生産国7カ国の衣料品労働者の所得がどのような影響を受けたかを詳述している。同報告書は、これらの国についての入手可能なデータを用いて、パンデミック中に衣料品労働者が被った賃金減少を推定し、この推定賃金落差にもとづき、パンデミック発生後の最初の13カ月間で、賃金が世界全体では118億5,000万ドル下がったと見積もっている。 労働者の収入のこれほど大幅な減少への対策として、アパレルブランドと小売業者は、労働組合と「PayYourWorkers -RespectLabourRights (傘下の労働者に支払いを−労働者の権利を尊重せよ)[3]」キャンペーンが訴えている強制力のある協定を結ぶ交渉を行うことによって、衣料品サプライチェーンで働くすべての人に賃金と退職金を保証しなければならない。

下の表に出ているデータは、パンデミックの最初の年のみについての推定値を示したものである。 2021年3月以来、パンデミックの第3波が、本報告書で取り上げているインド、カンボジア、スリランカなどの数カ国を、一年目のどの波よりも強い勢いで襲っている。 これに対して各国政府は、感染率の高さを理由に、本報告書の執筆期間中、新たな地域的な、あるいは全国規模のロックダウンを課した。 ロックダウンは、期間中、衣料品労働者の収入に深刻な影響を与えると考えられる。 この点について本報告書は、調査範囲の関係で、また第3波の初めには工場閉鎖、解雇、支払いに関する信頼できるデータが得られないことが多かったことのために部分的にしか捉えていない[4] が、パンデミックによる収入や退職金の減少に対処するための構造的な解決策や枠組みが重要であることは、明確に示されている。

推定賃金落差は、入手可能なすべての情報をもとに、賃金支払いの不足の程度および追加的収入の程度がどれほどであるかについて、可能性のある値を算出したものである。 雇用主から得られた文書等、業界および労働者についての調査データ、衣料品業界へのパンデミックの影響に関するメディアの報道、未払い賃金を要求する労働者の抗議行動の報告などを評価して、パンデミックが起きてからの、一時帰休中の賃金不払い、退職金支払いの遅滞、その他の賃金支払い不足の事例について、各国で一連の仮定を立てている。 こうした仮定については本報告書の中で説明されているが、今後、より詳細なデータが入手可能になった場合には、将来発行される報告書の中で修正されることがありうる。

 

 

推計に含まれる労働者 

月額基本賃金USドル)

推定賃金落差

2020年3月から2021年5月*

労働者一人あたりの賃金落差 (USドル)

雇用喪失 推定数

バングラデシュ

4,400,000

95

844,601,990

192

438,000

カンボジア

855,413

190

343,521,676

402

91,000

インド

1,950,000

145

1,020,211,743

523

712,000

インドネシア

2,600,000

243

721,793,534

278

183,000

ミャンマー

817,7000

157

422,747,757

517

80,000

パキスタン

2,200,000

104

404,766,744

184

0**

スリランカ

500,000

105

313,519,289

627

100,000

世界全体についての推計値

(平均の1/2)

(挿入値)***

50,000,000

 

200

 

11,850,183,234

 

 

* 同上

** パキスタンでは、契約あるいは登録のある労働者がほとんどおらず、現在のところ、労働者数についての信頼できる情報がない。このため、 失われた雇用の程度についての記録や報告がなかった。2020年、パキスタンの衣料品業界は、他の国ほどには発注が失われたことによる損害を被らなかった。パキスタンではコロナ感染率が他国よりかなり低く、ロックダウンもなかったため、実際には、他の生産国向けに出されるはずだった注文を獲得していた。 生産が減少したことへの対処は、主に労働者の労働時間を減らすことによってなされた。

*** 2020年の 報告書『パンデミック下で(十分な)支払いがない』と同様に、調査した7カ国のデータを用いて世界全体の数値を推計した。同じ数字(世界の衣料品、繊維、および履物産業で働く労働者5,000万人が月平均200ドルを得ている)を用いた。 他の国ではより多くの政府支援が受けられることを示唆する情報が多くあるため、調査対象7カ国の平均賃金落差を世界全体に適用することはできないと想定し、平均賃金減少率18.23%の1/2(=9.12%)を適用して、推定賃金落差を算出した。

 

こうした憂慮すべき状況は、衣料品産業にとって新しいことではない。 パンデミックは、パンデミック以前から懸念されていたいくつかの要因を悪化させた。 調査対象の全ての国において、工場がパンデミックを隠れ蓑にして労働組合員を解雇し、そのため労働者が賃上げの交渉や賃金カットへの抗議を行う能力が損なわれた、とクリーン・クローズ・キャンペーンの ネットワークに加わっている組織・団体が報告している。 賃金や必要な安全・衛生対策を要求するために労働者が集団で組織化するにはますます不利な環境に直面していることが、いくつかの研究から明らかになっている。 本報告書で取り上げたうちの少なくとも3ヶ国(パキスタン、バングラデシュ、ミャンマー)では、賃金未払いに抗議した労働者に対して暴力が行使されている。[5] また、多くの国でロックダウンの諸規制により組合活動が阻害されている。 バングラデシュでは、ロックダウンの諸規制のために、組合登録に必要な組合の会議が開催できず、組合登録数が減少している。

第二に、労働者はパンデミック以前には、基本的な必要を満たせるレベルに近い賃金を得るために時間外労働に依存していた。 パンデミック下で労働者は、時間外労働からの収入なしで暮らしを立てるために困難を抱えているが、このことは業界の一般的な賃金が十分ではないことを明確に表している。 第三に、主にインドやパキスタンにおいて、多くの衣料品労働者は雇用契約や社会的保護のない、非公式なかたちで就業している。こうした労働者は、一時解雇(レイオフ)や突然の賃金カットに対して特に弱い立場にある。 労働者が正式に雇用され、社会保障に登録されている場合でも、社会保障給付は不十分なことが多い。定期的に居住地を離れて働いている出稼ぎ労働者には社会保障へのアクセスが限られている。 また、正式ながら一時的な雇用契約を結んでいる労働者であっても、解雇された場合の退職金などの非常に重要なメカニズムによる保護を受ける資格・権利がないことがほとんどである。 最後に、労働者が健康を害することなく働けることを確実にするための十分な衛生対策および安全対策をとっていない工場が多い、とCCCネットワークに加わっている組織・団体は報告している。 これらの要因が組み合わさって、労働者は不可能な選択、すなわち、ウイルスに感染するリスクが高い状況で働き続けるか、家にいて食事がとれなくなるリスクにかかえながらさらに借金を重ねるか、という選択を強いられている。 解雇された労働者がひどく困窮し、危険な、あるいは違法な手段をとってまで収入を得る状況に追い込まれたケースもある。

 

何が起きなければならないか

グローバルブランド、小売業者、電子商取引業者は、国際基準と自社の行動規範により、自社のサプライチェーンで雇用される労働者に、最低でも、法定賃金または正規の賃金のいずれか高い方を必ず支払う責任を引き続き負っている。 ILOの行動要請(Call to Action)に参加することでこの約束を守っていると主張するブランドがあるが、この論法はごまかしである。 ブランド、小売各社は、自社のサプライチェーンで働く労働者に対して直接責任を負わなければならない。

ILOの行動要請もブランド各社の行動指針も、労働者がすでに通常抱えてきた以上のさらなる苦境に直面しないよう保護を提供することができなかったことから、230をこえる労働組合と市民社会組織が結集してPayYourWorkers - RespectLabourRights (傘下の労働者に支払いを−労働者の権利を尊重せよ)キャンペーン[6]を行い、ブランド各社に対して、賃金、退職金、基本的労働権に関する強制力のある協定を交渉するよう求めている。 この拘束力のある協定は、労働組合が、ブランド、個々の雇用主、または使用者(雇用主)団体と交渉して締結するもので、署名したブランドには、工場閉鎖や大量解雇にあった労働者には確実に退職金が支払われるようにすることに加えて、サプライチェーンの労働者がCovid-19パンデミックの期間中、通常の賃金を確実に受け取れるようにすること、および、基本的労働権を尊重することが課される。 労働者の賃金を保証するために、ブランドはまず、パンデミック期間中にサプライチェーンの労働者が経験する賃金落差をカバーするのに十分な額を一括で拠出する。 署名した企業は毎年、各社の製品を生産する労働者が大量解雇や工場閉鎖で雇用を打ち切られた際に退職金が支払われないままにされることが決して再び起きないことを確実にするため、退職金保証基金に拠出金を払う。

賃金保証、退職金保証基金、および基本的労働権に関する拘束力のある協定は、近い将来、公正な支払いスケジュールをカバーする原価計算モデルや、生活賃金、安全な工場、社会的給付のための財政的余裕を含んだ、より優れた計画モデルおよび価格設定モデルを備えたサプライチェーンからなる、より持続可能で強靭な衣料品産業を確立するためのより広範な取り組みの一環であるべきである。

 

[2]        PennState Center for Global Workers’ Rights(ペンシルヴァニア州立大学世界の労働者の権利センター), “Leveraging Desperation: Apparel Brands’ Purchasing Practices during Covid-19(絶望をテコにして:アパレルブランドのCovid-19 期間の購買活動)”, 2020年10月.

[4]       インドネシアとカンボジアの推定値には4月のロックダウンが含まれている。 カンボジアの推定値には5月のロックダウンは含まれていない。 バングラデシュ、スリランカ、パキスタンに関しては、 2020年12月以後の影響についてのデータがなかったが、業界がほぼ通常に戻ったことを示唆する動きが見られた。 ミャンマーでは2021年2月1日に軍によるクーデターが起こったため、調査がなされたのは2021年1月までである。 インドの調査は2021年3月まで行われた。

[5]       ビジネスと人権リソースセンター(Business & Human Rights Resource Centre), “Wage Theft and Pandemic Profits: The right to a living wage for garment workers(賃金泥棒とパンデミックの利潤:衣料品労働者の生活賃金への権利)”, 2021年3月.